企業理念

私は若い頃、多くの職業を経験してきました。当時構想していたことは、20歳までに幅広く見識を広め、30歳までに何をすればいいかを見極め、40歳で基礎を固める。そして、50歳になったら世の中に何を貢献できるかを考え、60歳で次の世代に引継ぎをしよう、ということでした。

この構想実現へ向け、20代後半の1978(昭和53)年、柿の葉すしの製造販売業を創業し、小さな第一歩を踏み出しました。今では全国的に有名な柿の葉すしですが、当時は知る人ぞ知る一郷土の味覚であり、周りの誰からも「柿の葉すしが、売れるはずがない」と言われました。

私はそれを聞いて、「ならば、大丈夫だ」と思いました。人がダメだという商品は、それだけ競合が少ない。「すぐに結果が出なくてもいい。亀のように独りでコツコツと進み続ければ、必ず遠くまでたどり着けるはずだ…」と考えたのです。

まずは、柿の葉すしを知ってもらうところから始め、商品を置いていただけるお店を1軒また1軒と広げていきました。お陰様でお客様から良き評判を頂き、今日このように多くのご愛顧をいただいておりますことは、誠にありがたきことです。このような経験を通じて、経営において信念を持つことの重要性、そして、道がなければ、自ら道を切り拓いていく気概の大切さを知りました。

事業においては、それまで順調に推移していた経営が、突然暗礁に乗り上げることがしばしばあります。その原因を省みると、さまざまな外部要因があったにせよ、結局は自分に非があったのではないかと思い至ります。すなわち、「『自然の摂理』を知らずに行動していた」あるいは「知っていても、それに逆らって行動してしまった」のではないだろうか等、そうした場合、たとえ一時的に成功を収めることができても、なぜかその後、何か予期しない出来事が起き事業環境が一変するなどして、持続させることが困難になってしまうのです。

つまり、ここで言う『自然の摂理』とは、「人間観」のことを指します。安定した企業経営を行うためには、時代を超えて変わらぬ「人間観」が基盤になくてはならないと私は考えています。

涅槃教に「一切衆生悉有仏性」という言葉があります。「すべての生きとし生けるものは、すべて仏に成りうる仏性を持った尊い存在である」という教えであると伺いました。 私はこれを、「すべての人間は、相互に関わり合いながら生きており、障がい・年齢・性別を問わず、誰もが平等であり、尊い存在である」と解釈しました。

障がい者や高齢者の方など、ある分野では特異な才能を発揮し、健常者や若者より抜きん出た成果を上げる方もおられます。また、生産性は高くなくても、その生きる姿勢や努力する姿が周囲の人間の心を動かし、模範となる方もいらっしゃいます。そのようにすべての人の存在に意味があり、また、職場の仲間と協力しながら、お客様に奉仕し社会に貢献しようと努力するところに人間としての尊さがあります。

そこで、社是として「感謝平等」を掲げ、地位の上下を争うのではなく、お互いを尊重し「おかげさまで」と互いに感謝を捧げあう心で接することを、会社の根本原理としました。

これまで、日本企業は、売上の多寡を一つの「ものさし」として成長してきましたが、昨今、それだけでは負の側面も見られるようになってきました。数字だけを見て物事の判断を行っていると、その数字を作るために、ものの道理をねじ曲げるということも散見されるように思います。

会社が成長を図る上で数字はとても重要ですが、最も重要なのはその中身だと私は考えます。人間の成長を身長・体重だけで測り、その知性や精神の成熟を見ないようでは、正しく評価することはできません。会社に対する評価もまた同じではないでしょうか。

弊社が大阪・松原市で経営しております和食レストラン「天川茶寮 柿千」では、吹き抜けのホールの壁に七つの洞を配し、七福神の像を安置しております。「七福神でさえ、七柱の神様がそれぞれの尺度で世の中をご覧になる。万能な一つの『ものさし』などない」ということを、形として表現しました。常にお客様のご期待を上回る商品を提供できているか、また、お客様のご要望に応える心のこもったサービスを提供できているか。そうした本質さえしっかりと見つめていれば、数字は自ずとついていくものだと自らに戒めております。

私どもは慈善事業を行っているわけではなく、社会にとって有益なものを生み出し、その対価を頂いている会社組織です。ですから、障がい者や高齢者の方には、働くことで社会の一員として貢献していただき、その報酬としてお給料をきちんとお渡ししています。なお、行政より障がい者に対する公的補助金等の給付は受けておりません。そうすることで、皆が自らの仕事に責任と誇りを持ち、お客様のお役に立つことに喜びを感じながら働けるようにしたいと考えております。

「会社」は営利組織、「社会」は営利を目的としない集団であるならば、「会社」と「社会」は車の両輪のように一対のものです。つまり、どちらかが欠けても世の中は円滑に回りません。「会社」という片方の車輪だけではなく、「社会」というもう一方の車輪も同時に回して、初めて車は真っ直ぐ前進していきます。何事も自分達のために50%、世のために50%ぐらいの気持ちで取り組めば、きっとうまくいくのではないでしょうか。

そうして社会の一員として活動し、社会から必要とされている会社になれば、基盤は盤石のものとなります。お客様にとって必要だと感じていただける会社、お取引先様、社員、そのご家族、地域の皆様、すべての関係者の皆様に、未来永劫応援していただける会社。柿千もまた、そのような会社でありたいと願っております。

柿千の使命は、日本の伝統に根ざした美味しい「食」をお客様に提供し、「生活の幸」に貢献することです。

その日本の伝統とは、食の「技」であると同時に「心」でもあります。柿千がお創りしております「柿の葉すし」の箱には、次のような一首が記されています。



「一つひとつ心を込めて柿の葉で包み、柿の葉すしを創りました。その心は目に見えないけれども、吉野の山里の香りにのせて、この想いを少しでも伝えられたら」という意味で、弊社の商品づくりへの想いを詠んだものです。

例えば、風呂敷やのし袋、百貨店等での進物の包装紙に代表される、日本の美しい「包む」文化は、柿の葉すしやチマキなどの和食にも継承されています。それらは、差し上げる相手に本当に美味しく食べていただきたい、喜んでいただきたいという心遣いを表しています。

柿千は、職人の手で一つひとつ柿の葉すしを包む思いやりの心を大切に、美味しく身体にやさしい商品づくりに取り組んでまいります。そして、弊社の経営理念である「生活の幸に貢献する」商品をお客様の元へお届けするため、これからも喜びと感謝の念を持って精進を重ねてまいります。